Spring has sprung.

挿し木で越冬の無花果分球したムスカリが咲いた。
























SNSで暦を読んで、本で月と星をよんでいると、身の周りは何もかも暦通り。
山が凍り、井戸水がとまってしまうのも、雪どけにより、水道が復旧するのも、
毎年増えてくれている球根たちが雪の下で芽吹いていたのをみつけると、
寒いのと少し暖かいのを繰り返しているのは気まぐれな天気ではなく、芽吹かせるためなのかと感じる。

どんどん、どんどん環境に合わせて鎧や防具を身につけて生きつづける人間と違い、
うつむいたり、自身の一部をそぎながら生きぬく自然は、人間より生きているという言葉がしっくりくる。意識していると、いまを生きるという本当の生き方が言葉ではなく、
脳みそが言葉以上に理解したという反応をしていることを感じる。

初めての無花果の挿し木もどんどん葉っぱを広げていく。
朝陽をつかもうとしているようにみえる。
ムスカリも、喜んでいるように葉をひろげ、あとから芽吹いてくる蕾を守るように
先に芽吹いて葉をのばし、花をそのなかに迎える。

二月で寒いけれど、春が育っているのは間違いなくこの冬の寒さのなか。
冬が去って春が来るのではなく、
冬が春を育て、親のように冬がいくと、育った春がそこにいるだけのこと。